加藤英男法律事務所

加藤英男法律事務所 愛知県 名古屋市 中区丸の内 にある 法律事務所。
主な取扱事件は、労働?

15/05/2026

「パワハラ・セクハラの判断」 ~「これってハラスメント?」

はじめに
本記事は、中小企業の総務・人事担当者の方を対象に、職場のハラスメント対策をわかりやすく解説することを目的としています。

前回は、ハラスメントの基礎知識と、企業に課せられている法的義務の全体像をお伝えしました。

今回は、パワーハラスメント」と「セクシュアルハラスメント」に焦点を当てます。

現場でよく聞かれるのが、「これってパワハラになるの?」「どこまでが指導で、どこからがハラスメントなの?」という疑問です。

そこで、今回は、具体的な事例を使いながら、判断基準をわかりやすく解説します。

第1 パワーハラスメントの判断
1.パワハラの3要素をおさらい
第1講でも触れましたが、パワハラが成立するには3つの要素がそろう必要があります。

① 優越的な関係を背景にした言動

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動

③ 労働者の就業環境を害する言動

この3つがそろって、はじめてパワハラと判断されます。 逆に言えば、どれか一つでも欠ければ、法的なパワハラには該当しないということです。

ここで重要なのが、「②業務上必要かつ相当な範囲を超えているかどうか」の判断です。

2.パワハラの6類型と具体例
厚生労働省は、パワハラを6つの類型に分類しています。

一つずつ、具体例とともに確認しましょう。

【類型①】身体的な攻撃

❌ パワハラになる例:部下のミスに激怒して書類を投げつける、肩を強くつかんで怒鳴る

✅ パワハラにならない例:業務上の必要から、安全のために腕をつかんで危険を回避させる

ポイント:身体への直接的な接触・暴力は、業務上の必要性がほぼ認められないため、パワハラに該当します。

【類型②】精神的な攻撃

❌ パワハラになる例:「お前は使えない」「バカか」と人格を否定する言葉を繰り返す、大勢の前で長時間叱責する

✅ パワハラにならない例:ミスに対して「なぜこうなったか、次はどうすればいいか」と具体的に指導する

ポイント:「人格の否定」と「行動・業務への指摘」は明確に区別されます。厳しい言葉でも、業務改善を目的とした具体的な指導はパワハラになりません。但し、具体的状況に応じて、節度ある言葉(質)、時間(量)に注意する必要があります。

【類型③】人間関係からの切り離し

❌ パワハラになる例:特定の従業員だけを会議に呼ばない、チームのグループチャットから外す、無視を続ける

✅ パワハラにならない例:懲戒処分中の業務制限として、一時的に特定業務から外す(合理的な理由がある場合)

ポイント:「孤立させる意図」があるかどうかが判断の鍵です。

【類型④】過大な要求

❌ パワハラになる例:新入社員に対して、経験者でも困難な業務量を一人で課す、達成不可能なノルマを設定して未達成を責める

✅ パワハラにならない例:業務上の必要から、繁忙期に残業を依頼する(適正な範囲内)

ポイント:「その人のスキル・経験に対して、明らかに不相当な要求かどうか」が判断基準です。

【類型⑤】過小な要求

❌ パワハラになる例:管理職を突然、清掃業務だけに配置転換する、能力のある従業員に意図的に仕事を与えない

✅ パワハラにならない例:体調不良の従業員に対して、回復期間中は軽易な業務を担当してもらう

ポイント:「嫌がらせの意図があるかどうか」「業務上の合理的な理由があるかどうか」が判断の分かれ目です。

【類型⑥】個の侵害

❌ パワハラになる例:従業員の交友関係・恋愛・家族関係を執拗に聞き出す、休日の過ごし方を管理しようとする、性的指向・ジェンダーアイデンティティ(SOGI)を本人の同意なく暴露する(アウティング)

✅ パワハラにならない例:業務上必要な範囲で、緊急連絡先を確認する

ポイント:2026年の指針改正により、SOGIに関するアウティングは明確にパワハラ・セクハラとして定義されました。特に注意が必要です[2]。

3.「グレーゾーン」の判断方法
現場でよく問題になるのが、「パワハラかどうかわからない」グレーゾーンのケースです。

判断に迷ったときは、以下の3つの問いを使ってみてください。

問い①:業務上の目的・必要性はあるか? 業務改善・安全確保・教育など、合理的な目的があるかを確認します。

問い②:手段・程度は適切か? 目的に対して、言動の強度(質)・時間ないし頻度(量)・方法(衆人の面前か時機ないし時刻が相当かを確認します。

問い③:受け手がどう感じるかを考慮しているか? 「自分はそのつもりはなかった」は免責になりません。受け手の立場から見て、就業環境が害されていないかを確認します。

この3つの問いに照らして、目的は正当でも、「手段が不相当」であればパワハラになり得ます。

第2 セクシュアルハラスメントの判断
1.セクハラの2類型
セクハラには、大きく分けて2つの類型があります。

【類型A】対価型セクシュアルハラスメント

性的な言動への対応を条件として、採用・昇進・降格・解雇などの労働条件に影響を与えるものです。

例:「付き合ってくれたら昇進させる」「断ったから今回の昇格はなし」

【類型B】環境型セクシュアルハラスメント

性的な言動によって、就業環境が不快・苦痛なものになるものです。

例:職場に性的な画像を貼る、容姿や体型についての発言を繰り返す、性的な冗談を言い続ける

2.セクハラの具体例と判断のポイント
ここで、現場でよく問題になる具体例を見ていきましょう。

【ケース1】飲み会での言動

上司が部下に対して、「彼氏いるの?」「結婚しないの?」と繰り返し聞く。

→ 判断:状況によってはセクハラに該当する可能性があります。 一度聞くだけなら問題にならない場合もありますが、繰り返し・執拗に聞く場合は、就業環境を害するセクハラになり得ます。

【ケース2】SNSでの連絡

採用担当者が、選考中の求職者に対してSNSのDMで「今夜飲みに行きませんか?」と誘う。

→ 判断:就活ハラスメント(求職者等セクハラ)に該当します。 2026年10月以降、採用活動における求職者へのセクハラ防止措置が義務化されました。 採用担当者・面接官への研修が不可欠です。

【ケース3】「冗談のつもり」の発言

男性上司が女性部下に「最近太った?」「その服、似合わないね」と言う。

→ 判断:セクハラに該当する可能性があります。 「冗談のつもり」「親しみを込めて」という意図は、免責になりません。 受け手が苦痛に感じれば、セクハラになり得ます。

【ケース4】同性間の言動

男性上司が男性部下に対して、性的な冗談を繰り返す。

→ 判断:セクハラに該当します。 セクハラは異性間だけでなく、同性間でも成立します。 また、性的指向・ジェンダーアイデンティティに関わらず、すべての労働者が保護対象です。

ポイント:性的な言動は、業務上の必要性がほぼ認められないため、相手が苦痛に感じたならば、セクハラに該当します。

3.セクハラ対応で人事担当者が特に注意すべきこと
セクハラ案件を扱う際、人事担当者が特に注意すべきポイントが3つあります。

① 被害者の意向を最優先にする

被害者が「大ごとにしたくない」と言っている場合でも、会社として事実確認と再発防止の義務があります。 ただし、被害者の意向を無視して強引に調査を進めることは問題です。 「どこまで調査するか、手続を進めるか、被害者と丁寧に合意形成する」ことが重要です。

② 二次被害を防ぐ

調査の過程で、被害者が「なぜ断らなかったの?」「あなたにも問題があるのでは?」と責められるような対応は、二次被害にあたります。 相談窓口担当者への研修で、この点を徹底してください。

③ 行為者への対応も慎重に

行為者が「そんなつもりはなかった」と主張する場合でも、事実確認を丁寧に行い、証拠に基づいた公平な判断をすることが求められます。 感情的な対応や、一方的な決めつけは、後の訴訟リスクを高めます。

第3 まとめ
【第2講のポイント整理】

✅ パワハラは「①優越的関係、②相当範囲超過、③就業環境悪化」の3要素で判断する

✅ パワハラ6類型は「①身体的攻撃、②精神的攻撃、③人間関係の切り離し、④過大な要求、⑤過小な要求、⑥個の侵害」

✅ グレーゾーンは「①目的の正当性、②手段の相当性、③受け手への配慮」の3つの問いで判断する

✅ セクハラは「①対価型」と「②環境型」の2類型があり、同性間・求職者へも適用される

✅ セクハラ対応では「①被害者の意向尊重、②二次被害防止、③公平な事実確認」が鉄則

ここで、一つ大切なことをお伝えします。

ハラスメントの判断で最も危険なのは、「自分の感覚」だけで判断することです。

「これくらい普通だろう」「昔はもっと厳しかった」という感覚は、時代とともに変わっています。

大切なのは、「一般的社員ならどう感じるか(さらに、当の受け手がどう感じるか)」「社会通念上、相当な範囲かどうか」という視点です。

14/05/2026

「ハラスメントとは何か?基礎知識と法的義務」
~中小企業の総務人事担当者が最初に押さえるべきこと

はじめに
中小企業の総務・人事担当者の方を対象に、職場のハラスメント対策をわかりやすく解説することを目的としています。
「うちは小さい会社だから、ハラスメントなんて大げさな話では?」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、令和4年4月1日から、職場のハラスメント防止対策が中小企業を含む全企業に義務化されています。
令和8年10月1日からは、カスタマーハラスメント防止対策、就活ハラスメント防止対策も同様に義務かされます。
もはや「うちには関係ない」とは言えない時代です。
今回は、ハラスメントの基礎知識と企業に課せられている法的義務の全体像を整理します。

第1 そもそも「ハラスメント」とは何か
まず、「ハラスメント」という言葉の意味から確認しましょう。
ハラスメントとは、英語の「harassment」であって、要するに「嫌がらせ」や「いじめ」を意味する言葉です。
法律の世界では、単なる「嫌な思い」をさせられたこと、とは区別されます。
法的に問題となるハラスメントには、大きく分けて3つの要素が必要です。
① 一定の関係性・背景(優越的関係)があること
たとえばパワハラであれば、「上司と部下」「先輩と後輩」といった優越的な関係が背景にあることが必要です。
② 業務上の適正範囲を超えた言動であること
厳しい指導や注意そのものがハラスメントになるわけではありません。 「社会通念上、相当な範囲を超えた」言動であることが必要です。
③ 就業環境を害すること
被害者が「働きにくい」「精神的に苦痛だ」と感じ、実際に就業環境が悪化するに足りる行為であることが必要です。
この3つがそろって、はじめて法的に問題となるハラスメントと判断されます。

では、ハラスメントにはどんな種類があるのでしょうか。 代表的なものを整理しましょう。
【主なハラスメントの種類】
• パワーハラスメント(パワハラ) 職場での優越的な関係を背景にした、業務上不必要な言動 → 根拠法:労働施策総合推進法
• セクシュアルハラスメント(セクハラ) 性的な言動による就業環境の悪化 → 根拠法:男女雇用機会均等法
• マタニティハラスメント(マタハラ)・パタニティハラスメント(パタハラ)、ケアハラスメント(ケアハラ) 妊娠・出産・育児休業や介護休業を理由とした不利益取扱い → 根拠法:男女雇用機会均等法、育児・介護休業法
• カスタマーハラスメント(カスハラ) 顧客・取引先からの過剰・不当な言動 → 根拠法:改正労働施策総合推進法(令和8年10月施行)
• 就活ハラスメント(就活セクハラ) 採用活動・インターンシップにおける求職者へのセクハラ → 根拠法:改正男女雇用機会均等法(令和8年10月施行)
• SOGI(ソジ)ハラスメント 性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する差別的言動やアウティング → パワハラ・セクハラ指針に基づく対応
これだけ多くの種類があるのか、と驚かれた方もいるかもしれません。 ただし、実務上はパワハラ・セクハラ・カスハラの3つを中心に対策を組み立てれば、大半のケースに対応できます。

第2 企業に課せられている法的義務の全体像
次に、企業が法律上どのような義務を負っているのかを整理します。
「義務」と聞くと難しく感じるかもしれませんが、ポイントは「5つの柱」で整理できます。

【企業に求められる5つの柱】
① 方針の明確化と周知
「ハラスメントを許さない」という方針を文書化し、全従業員に周知することが義務です。 就業規則への記載、社内掲示、入社時の説明など、複数の方法で周知することが求められます。
② 相談体制の整備
社内に相談窓口を設置し、従業員が気軽に相談できる環境を整えることが必要です。 令和8年10月以降は、求職者・インターン生向けの相談窓口も採用ホームページ等で公開することが義務化されます。
③ 迅速・正確な事実確認
ハラスメントの相談があった場合、被害者・行為者双方、必要に応じて証人となる第三者からも公平にヒアリングを行い、事実を確認することが求められます。 「どちらかの言い分だけを信じる」という対応は、法的リスクを高めます。
④ 被害者への配慮と行為者への措置
事実が確認された場合、被害者へのメンタルケアや配置転換、行為者への適切な懲戒処分を遅滞なく行うことが必要です。
⑤ プライバシー保護と不利益取扱いの禁止
相談者の秘密を厳守し、相談したことを理由とした解雇・降格・嫌がらせを禁止することが法律上明確に定められています。

ここで一つ、重要なポイントをお伝えします。
「義務に違反したらどうなるの?」という疑問をお持ちの方もいると思います。
直接的な罰則(罰金・懲役)はありませんが、以下のリスクがあります。
• 行政指導・勧告・企業名の公表
• 被害従業員からの損害賠償請求(安全配慮義務違反)
• 採用力の低下・離職率の悪化

特に「安全配慮義務違反」は、労働契約法第5条に定められた使用者の基本的な義務です。
ハラスメント対策を怠って従業員が精神的に追い詰められた場合、会社が損害賠償を請求される可能性があります。 中小企業にとって、これは経営上の重大なリスクです。

第3 中小企業が「今すぐ」やるべきこと
「わかった、でも何から手をつければいいの?」
そう思っている方には、今すぐ始められるのが次の3つのアクションです。
【アクション1:現状把握】
まず、自社の現状を把握することから始めましょう。
具体的には、
• 過去のクレーム事例・相談事例を洗い出す
• 従業員へのアンケートやヒアリングを実施する
• 業界特有のリスク(接客業ならカスハラ、採用活動なら就活ハラスメント等)を把握する
「うちの会社にはハラスメントはない」と思っていても、従業員が声を上げられていないだけというケースは非常に多いです。 まず実態を把握することが、すべての出発点です。
【アクション2:方針の文書化と就業規則への反映】
次に、「ハラスメントを許さない」という方針を文書化しましょう。
難しく考える必要はありません。 「当社は、職場におけるあらゆるハラスメントを許容しません。違反した場合は就業規則に基づき厳正に対処します」という一文を、就業規則や社内規程に盛り込むことが第一歩です。
令和8年10月以降は、カスタマーハラスメント対策の方針や就活ハラスメントの禁止も就業規則に明記することが求められます。
【アクション3:相談窓口の設置と周知】
相談窓口は、「誰が担当するか」「どうやって相談するか」「秘密は守られるか」の3点を明確にして設置しましょう。
中小企業の場合、専任の担当者を置くことが難しいケースも多いと思います。 その場合は、外部の社労士・弁護士・EAP(従業員支援プログラム)と連携することも有効な選択肢です。
相談窓口を設置したら、全従業員に周知することを忘れずに。 「窓口があることを誰も知らない」では意味がありません。

まとめ
今回のまとめです。
【ポイント整理】
✅ ハラスメントとは、「①優越的関係、②適正範囲超過、③就業環境悪化」の3要素がそろった言動
✅ 主な種類は、パワハラ・セクハラ・カスハラ
✅ 企業の義務は「①方針明確化、②相談体制、③事実確認、④被害者配慮、⑤プライバシー保護」の5本柱
✅ 義務違反は、行政指導、損害賠償、評判低下、採用力低下のリスクにつながる
✅ 今すぐやるべきことは「現状把握→方針文書化→相談窓口設置」の3ステップ

最後に
ハラスメント対策は、「法律に違反しないための義務」ではなく、「従業員を守り、安心して働ける環境を作り、会社を強くするために必須の投資」と理解してください。
ハラスメントが横行する職場では、優秀な人材が離れ、採用も難しくなります。 逆に、「この会社は安心して働ける」と感じてもらえる職場は、人材が定着し、生産性は上がります。
中小企業だからこそ、一人ひとりの従業員が大切です。

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「AIに5つの異なる回答を生成し、それぞれに数学的確率を割り当てるよう求めると、安全ループが壊れます。」https://x.com/simplifyinai/status/2048073609759821894?s=46&t=JlLWZo0...
26/04/2026

「AIに5つの異なる回答を生成し、それぞれに数学的確率を割り当てるよう求めると、安全ループが壊れます。」

https://x.com/simplifyinai/status/2048073609759821894?s=46&t=JlLWZo0uYzrDe4wgSYn2iw



スタンフォード大学の調査結果。
(1)5つの回答・選択肢を提示させ、(2)どの確率が高いか、理由・根拠を含めて説明せよ、と指示すると回答の精度が上がるらしい。

単一の答えを求めると、ありがちな万人受けの回答になるそうだ。

このごろ私は、AIを、①検索・情報収集、②分析・検討・展開、③出力まで使うまでになったが、こうすると精度が上がるのか…。

この記事を見て、さもありなんと思った。人間の合理的な行動の予想は、過去の行動を分析することである程度は可能だ。もちろん、人間には不合理行動があるし、自然環境、重大事件、流行などの不確定要素があるので、人間の行動予測と実際の結果には、ズレやブ...
25/04/2026

この記事を見て、さもありなんと思った。

人間の合理的な行動の予想は、過去の行動を分析することである程度は可能だ。

もちろん、人間には不合理行動があるし、自然環境、重大事件、流行などの不確定要素があるので、人間の行動予測と実際の結果には、ズレやブレは出る。

しかし、国家試験や大学の試験では、試験委員が合理的な理由をもって試験問題を選定する。

そこで、過去問と時流を踏まえてAIに分析させれば、かなりの精度で予想ができるだろう。

AIは、①検索・情報収集(素材)、②情報分析・要約・深堀展開(中間成果)、③レポート出力作成(最終成果)までやってくれる。

私は長らく①のみでしか使ってなかった。最近、②、③でも使うようになった。

試験問題の予想は、②だ。

②をAIにやらせることは、必ずしも、人間を怠けさせ、愚かにする、というものではない。

AIを使うと、理解の流れ、論理展開が文字化、図示されて出てくる。それをトレースする。すると、理解の流れそのものが人間の脳にトレースされる。脳内に新たな理解の型ができる。

つまり、アタマが良くなる、ということだ。

AIは、人を怠けさせ、愚かにすることもあるが、やりたいことが多い人、やるべきことが多い人は、「もっとできるようになる」。

実用、学問の世界だけでなく、芸術の世界でも、AIは、底上げ機能があると思う。スポーツの世界でも、細かな手作業の世界でも、効果的な身体操作や鍛錬・訓練法の提示をさせることで、同様に働くだろう。

AIは、人間の学習を加速させるツール。人間を進化させるツールかも知れない。若く、勤勉な人は、どんどん先に進んで行くだろう。中高年は、時代に置いて行かれないよう、AIで学習を加速させて行くしかない。

友だち自慢「僕の友だちには、すごいやつがいるんだ。(僕はすごくないけどね)」子どものころは、「◯◯くん、って知ってる?僕は知ってるよ。」という言葉もよく聞いた。今の私には、AIが、そんな感じだ。たまに間違いもする。しかし、こちらが気づいて指...
30/03/2026

友だち自慢

「僕の友だちには、すごいやつがいるんだ。(僕はすごくないけどね)」

子どものころは、「◯◯くん、って知ってる?僕は知ってるよ。」という言葉もよく聞いた。

今の私には、AIが、そんな感じだ。
たまに間違いもする。
しかし、こちらが気づいて指摘すると瞬時に訂正できる。
言い訳、自己弁護しない。
いいやつだ。

今日は、「令和7年(行ヒ)第25号 行政処分取消請求事件 令和8年3月27日 第三小法廷判決」について、話を聞いた。

判決書は、最高裁のHPからダウンロードできる。
https://www.courts.go.jp/saikosai/

行政法、憲法の大家である研究者として、大学院生レベルに解説してほしいと頼んだ。

本物の判例評釈レベルの解説書が数秒でできてしまった。

詳細は省くが、鋭いなと思ったのは、原判決の論理構造の問題点を指摘している部分だ。

1.裁量審査における考慮事項論の捨象
2.「不当なものでなかったということはできない」論法
3.比例原則審査の不適用

これだけでもAIの評釈を読んでよかったと思う。
これから、自分の仕事においても、注意しておいた方がよいと思える、射程の長い知恵の言葉だからだ。

以下、AIの指摘を引用する。

# #
1.裁量審査における考慮事項論の捨象
行政事件訴訟法30条に基づく裁量審査において、裁量権の逸脱・濫用の有無を判断するためには、行政庁が①考慮すべき事情を考慮したか、②考慮すべきでない事情を考慮しなかったか、③各事情を適切に衡量したか、という三つの観点から審査すること(考慮事項論)が要求される。
しかし、原判決は、「発射行為の危険性」という一側面のみを考慮し、以下の必須の考慮事項を実質的に捨象した。
考慮すべき事情
市からの出動要請という公益的文脈 言及なし
非常勤公務員としての職務遂行中であること 言及なし
特措法の立法趣旨 言及なし
C隊員への死傷結果が生じなかったこと 軽視
熊まで18mという近距離での緊迫した状況 軽視
処分の萎縮効果 言及なし

2.「不当なものでなかったということはできない」論法
原判決は「本件発射行為が不当なものでなかったということはできない」という二重否定の論法を用いている。
これは論理的に精密ではない。
「不当でなかったということはできない」は「不当である」と同義ではなく、「不当である可能性を排除できない」という蓋然性の命題にすぎない。
しかし、原判決はこの蓋然性の命題から、裁量権の逸脱・濫用がないという確定的な結論を導いており、論理の飛躍がある。

3.比例原則審査の不適用
原判決は、取り消しという最も重い処分を選択することの相当性について、実質的な審査を行っていない。銃刀法11条1項柱書きの「取り消すことができる」という規定は、取り消し以外の対応(警告・条件付き継続等)も選択肢として含意しているにもかかわらず、原判決はこの点を検討していない。
# #

私の友だち自慢に、お付き合いしていただきありがとうございました。

26/03/2026

私がAIに指示して作成させた、刑法専攻で大学院に進む学生に向けた講演の原稿(論文)です。
お楽しみください🙇

※私見は、結果無価値論です。規範的機能を持ち出すために、わざわざ違法性論で行為無価値論を加味する必要はないと思っています。
この講演原稿(小論文)の事前指示(プロンプト)において、「あなたは2026年3月現在、超絶頭のいい、新進気鋭の刑法学の教授です。」と役割・地位を与えたので、穏健な説になっています。

↓ ↓

【違法性論における結果無価値論と行為無価値論の現代的展開
――その理論的対立構造と実践的含意――】

はじめに
刑法学における違法性論の中核をなす「結果無価値論」と「行為無価値論」の対立は、単なる学説上の抽象的論争にとどまらず、因果関係論、未遂犯論、正当防衛論、共犯論といった刑法総論の根幹的問題に直結する、きわめて実践的な意義を有する理論的争点である[2]。本稿は、大学院生レベルの読者を対象として、両論の理論的基盤を精緻に分析し、現代刑法学における到達点と残された課題を批判的に検討することを目的とする。
1970年代以降、日本刑法学界においては、この両論の対立が学説の中心的争点として位置づけられてきた[2]。かつては行為無価値論が通説的地位を占めていたが、現在では結果無価値論が有力説として台頭し、両者の間で精緻な理論的応酬が繰り広げられている。以下では、まず両論の基本的構造を確認したうえで、その対立の多層的構造を分析し、さらに各論点における具体的帰結の相違を検討する。

第一章 両論の基本的構造
1 結果無価値論の理論的基盤
結果無価値論(Erfolgsunwertlehre)とは、違法性の実質を、行為によって惹起された法益侵害またはその危険という「結果」に求める立場である[1]。この見解によれば、刑法の目的は専ら法益保護にあり、違法判断は客観的な法益侵害の有無という事後的・客観的評価に尽きるとされる。
この立場の理論的核心は、いわゆる「客観は違法に、主観は責任に」という命題に集約される[5]。すなわち、違法性判断においては行為者の主観的要素(故意・過失・目的等)を一切捨象し、純粋に客観的・外部的な事態の評価のみを行うべきであるとする。これを「物的違法論」とも称する[5]。
山口厚教授に代表されるこの立場は、次の論拠を主要な根拠として掲げる。第一に、刑法の目的を法益保護に限定することで、刑法による道徳・倫理の強制を排除し、個人の自由領域を最大限に確保できるという自由主義的論拠である。第二に、違法判断の客観性・明確性を担保することで、罪刑法定主義の要請に応えられるという論拠である[5]。第三に、違法性判断を客観的事態に限定することで、違法判断と責任判断の明確な区別が可能となるという体系的論拠である。
2 行為無価値論の理論的基盤
行為無価値論(Handlungsunwertlehre)とは、違法性の実質を、行為の規範違反性、すなわち行為が社会的行動準則に反することに求める立場である[11]。この見解によれば、刑法は単に法益を保護するだけでなく、人々に対して「何をすべきでないか」という行動準則を提示する規範であり、この行動準則への違反こそが犯罪の本質であるとされる[2]。
現代の行為無価値論は、純粋な行為無価値論(一元的行為無価値論)ではなく、結果無価値の要素をも取り込んだ「二元論」の形態をとるのが一般的である[3]。すなわち、違法性の判断においては、法益侵害という結果無価値と、規範違反という行為無価値の双方を考慮すべきであるとする。大塚仁教授、西田典之教授らがこの立場を代表する。
行為無価値論の主要な論拠は以下の通りである。第一に、刑法は単なる事後的な法益侵害の確認にとどまらず、事前に人々の行動を規律する規範として機能するという規範論的論拠である。第二に、同一の法益侵害結果であっても、行為態様の差異によって違法性の程度が異なるという直観的妥当性の論拠である。第三に、社会倫理秩序の維持という刑法の機能を正面から認めるべきであるという実質的論拠である。

第二章 対立の多層的構造
佐伯仁志教授が適切に指摘するように、結果無価値論と行為無価値論の争いには、異なる二つの論点が絡み合っている[5]。この点を峻別して分析することが、両論の対立を正確に理解するための前提となる。
1 第一の論点:刑法の目的論(法と道徳の関係)
第一の論点は、刑法が法益保護のみを目的とするのか、それとも道徳・社会倫理の保護をも目的とするのか、という問題である[5]。
結果無価値論は、刑法の目的を法益保護に限定する。この立場からは、道徳それ自体を刑法によって保護することは、個人の内面的自由への不当な介入であり、刑法のモラル化(Moralisierung des Strafrechts)として排斥されるべきものとなる[2]。
これに対し、行為無価値論は、刑法が社会倫理秩序の維持という機能をも担うことを認める。ただし、現代の洗練された行為無価値論は、単純な道徳主義に陥ることなく、法益保護との有機的連関の中で社会倫理的評価を位置づけようとする。
この論点は、いわゆる「法と道徳の分離」という近代法の根本問題に直結しており、単純に一方が正しいと断言できる性質のものではない。問題は、刑法が道徳から完全に独立しうるか否かという哲学的問いにまで遡及する。
2 第二の論点:違法性判断の構造
第二の論点は、違法性判断が事前判断であるべきか事後判断であるべきか、また主観的違法要素をどこまで認めるべきか、という違法性判断の構造をめぐる問題である[5]。
結果無価値論は、違法判断を事後的・客観的評価として構成する。行為時点における行為者の主観的要素は違法性判断に影響せず、もっぱら責任判断の問題とされる。これにより、違法性と責任の明確な区別が実現されるとされる。
行為無価値論は、これに対し、違法判断を事前的・規範的評価として構成する。行為規範への違反という観点からは、行為者の主観的要素(故意・過失・目的・傾向等)が違法性判断に取り込まれることになる。主観的違法要素の承認は、この立場の帰結として自然に導かれる。

第三章 各論点における具体的帰結の相違
両論の対立は、刑法総論の各論点において具体的な帰結の相違をもたらす[2]。以下では、特に重要な論点を取り上げて検討する。
1 偶然防衛の問題
偶然防衛とは、行為者が防衛の意思を欠いたまま、客観的には正当防衛の要件を充足する行為を行った場合をいう。例えば、Aを殺害しようとして発砲したところ、偶然にもAがBを殺害しようとしていた場面であり、客観的にはBの攻撃からAを防衛したことになる場合である[18]。
結果無価値論の立場からは、客観的に正当防衛の要件が充足されている以上、違法性が阻却されるか、少なくとも違法性が減少するという結論が導かれやすい。違法判断は客観的な法益侵害の有無に尽きるからである。
行為無価値論の立場からは、防衛の意思という主観的要素を欠く以上、行為規範への違反が認められ、違法性は阻却されないという結論が導かれる。行為の規範違反性という観点からは、行為者の主観的態度が決定的な意義を持つからである。
2 不能犯の問題
不能犯とは、行為の性質上、結果発生が不可能な場合をいう。例えば、砂糖を毒薬と誤信して被害者に飲ませた場合などがこれにあたる。
結果無価値論は、客観的な法益侵害の危険性を基準として不能犯の範囲を画する。客観的に法益侵害の危険が存在しない場合には、不能犯として不可罰となる。この立場は、危険の判断基準として「客観的危険説」と親和的である。
行為無価値論は、行為者の主観的認識を基礎とした危険判断を重視する傾向があり、行為者が危険と認識した事情を基礎として危険性を判断する「具体的危険説」と親和的である。
3 正当防衛における主観的要件
正当防衛(刑法36条)の成立に防衛の意思が必要か否かという問題においても、両論は異なる帰結をもたらす。
結果無価値論は、防衛の意思を正当防衛の主観的要件として要求しない立場と親和的である。違法性阻却の根拠を客観的な法益衡量に求める以上、行為者の主観的態度は違法性判断に影響しないからである。
行為無価値論は、防衛の意思を正当防衛の主観的要件として要求する立場と親和的である。行為の規範適合性という観点からは、行為者が防衛の意思をもって行動することが、行為の社会的相当性を基礎づけるからである。
4 共犯論における帰結
共犯論においても、両論の対立は重要な帰結をもたらす。特に、違法の連帯性・個別性の問題において顕著である。
結果無価値論は、違法を客観的・物的なものとして把握するため、正犯の違法性が共犯者にも連帯的に帰属するという「違法の連帯性」を基礎づけやすい。
行為無価値論は、各行為者の行為の規範違反性を個別に評価するため、「違法の個別性」を認める余地が大きい。

第四章 現代的展開と批判的検討
1 結果無価値論に対する批判
結果無価値論に対しては、以下の批判が向けられている。
第一に、刑法を純粋な法益保護の道具として把握することは、刑法の規範的・行為指導的機能を過小評価するという批判である。刑法は事後的な法益侵害の確認にとどまらず、事前に人々の行動を規律する規範として機能するのであり、この規範的機能を無視することはできないとされる[2]。
第二に、「客観は違法に、主観は責任に」という命題を徹底すると、故意犯と過失犯の違法性が同一となり、両者の質的差異を説明できないという批判がある。
第三に、偶然防衛を違法性阻却とする帰結は、一般市民の法感情に著しく反するという批判がある。
2 行為無価値論に対する批判
行為無価値論に対しては、以下の批判が向けられている。
第一に、社会倫理秩序の維持を刑法の目的として認めることは、刑法による道徳の強制につながり、個人の自由を不当に制約するという批判である[2]。
第二に、違法性判断に主観的要素を取り込むことで、違法性と責任の区別が曖昧になり、刑法体系の論理的整合性が損なわれるという批判がある。
第三に、「社会的相当性」という概念の不明確性が、違法性判断の恣意化をもたらすという批判がある。
3 現代的収斂の可能性
近年の学説動向を観察すると、両論の対立は必ずしも截然たる二項対立ではなく、相互に影響を与えながら精緻化されてきていることが看取される。
現代の行為無価値論の多くは、結果無価値の要素を取り込んだ二元論の形態をとっており[3]、法益侵害という結果無価値を違法性の必要条件として承認する。他方、結果無価値論においても、行為の危険性という観点から行為態様の評価が取り込まれる傾向がある。
この収斂傾向は、両論の対立が実は程度の問題であり、違法性判断において何を「中心」に据えるかという重点の相違に帰着するという見方を支持する。しかし、偶然防衛や不能犯の問題においては、依然として具体的帰結の相違が生じており、対立の実践的意義は失われていない。

第五章 筆者の見解
以上の検討を踏まえ、筆者は以下の見解を提示する。
結果無価値論の最大の功績は、刑法の自由主義的基盤を明確にし、刑法による道徳の強制という危険に対する鋭い警戒心を刑法学に植え付けた点にある。この功績は、現代の法治国家における刑法の役割を考えるうえで、永続的な意義を有する。
しかし、刑法を純粋な法益保護の道具として把握し、違法性判断から行為の規範違反性を完全に排除することには、理論的困難が伴う。刑法は本質的に行為規範であり、人々に対して「何をすべきでないか」を告知する機能を有する。この規範的機能を無視した違法性論は、刑法の本質的側面を見落とすことになる。
他方、行為無価値論が社会倫理秩序の維持を刑法の目的として正面から認めることには、慎重であるべきである。刑法による道徳の強制は、個人の自由への重大な脅威となりうる。行為無価値論は、この危険を常に意識しながら、法益保護との有機的連関の中で規範違反性を位置づける必要がある。
筆者は、違法性の実質を法益侵害という結果無価値に基礎づけつつも、行為の危険性・規範違反性という行為無価値的要素を違法性の量的評価において考慮する立場が、現時点における最も説得力ある解決であると考える。この立場は、結果無価値論の自由主義的基盤を維持しながら、行為無価値論が指摘する刑法の規範的機能をも適切に評価するものである。

おわりに
結果無価値論と行為無価値論の対立は、刑法学における最も根本的な問いの一つ、すなわち「刑法は何のために存在するのか」という問いに直結している[2]。この問いに対する答えは、単なる学術的関心にとどまらず、具体的な刑事事件における解決の方向性を左右する実践的意義を有する。
大学院生諸氏には、両論の対立を単なる学説の暗記として処理するのではなく、その背後にある哲学的・政策的問いと真摯に向き合うことを求めたい。刑法学の醍醐味は、まさにこのような根本的問いへの探求にある。両論の精緻な理論的応酬を通じて、刑法学はより豊かな理論的発展を遂げてきた。この伝統を継承しつつ、新たな問いを提起することが、次世代の刑法学者に課せられた使命である。

23/03/2026

(AIと議論) 刑法理論と民法損害賠償理論との相違について

昼休みに、AIと議論してみた。



1.私の提出した疑問(お題・1つ目)

私は、次のように問い掛けた。

日本の刑法理論が、行為を出発点に、構成要件(結果、因果関係)、違法性、責任と、明確に要件を意識しているのに対し、日本の民法理論が、行為ではなく、違法性を出発点として、その後は、論者がそれぞれの視点で、故意過失、因果関係、損害を論じており、権利侵害を敢えて違法性と読み替えている理由、および、刑法理論に比して要件があいまいと思われる理由、は何だと思われるか?



2.AIの回答(1つ目)

AIは、答えた。

民法不法行為論の要件が「曖昧」である構造的理由は、以下のとおりである。

① 目的の違い:応報・抑止 vs. 損害填補

刑法は国家刑罰権の行使という重大な効果を伴うため、罪刑法定主義の要請から要件の明確性・形式性が不可欠である。構成要件は「何が犯罪か」を事前に明示する機能を持つ。

これに対し、民法の不法行為は損害の公平な分担を目的とする。誰が損害を負担すべきかという規範的判断は、事案の具体的事情に応じた柔軟な衡量を必要とし、硬直した形式的要件では対応できない場面が多い。

② 「行為」ではなく「損害」を出発点とする発想

刑法は「行為者が何をしたか」を出発点とするが、民法の不法行為論は実務的には「損害が発生したか」を出発点とする傾向がある。これは、民事訴訟において原告(被害者)が損害の発生を主張・立証することから手続が始まるという訴訟構造とも対応している。



③ 違法性と過失の融合傾向

日本民法学では、違法性と故意・過失を截然と区別することの実益が乏しいという見解も有力である。特に過失の客観化(客観的注意義務違反としての過失)が進むと、違法性判断と過失判断は実質的に重複する。これが要件の「曖昧さ」として現れる。



④ 受忍限度論の展開

公害訴訟等を通じて定着した受忍限度論は、適法な権利行使であっても社会観念上の受忍限度を超えれば不法行為となるという法理であり[1]、これは「行為の違法性」を固定的に判断するのではなく、被害の程度・社会的文脈との相関で動態的に判断することを意味する。このような判断構造は、刑法的な構成要件論とは根本的に相容れない。



3.私の追加質問(2つ目)

私は、AIの回答の ①〜④に疑義があり、追加質問をした。

① 目的の違い:応報・抑止 vs. 損害填補
刑法の目的には、応報、抑止とともに、法益保護、自由保障もある。 民法の目的には、損害填補があるが、これは、刑法でいう、法益保護であって、刑法と共通する。損害賠償は、また、応報の意味もあるし、抑止の意味もある。そして、民法でも、損害賠償が場合により過酷になることもあり、自由保障は必要である。 そうすると、あなたの言う目的の違いは理由にならないのではないか?

② 「行為」ではなく「損害」を出発点とする発想
民法は、損害を出発点とするというが、刑法であっても、未遂犯を含む犯罪結果があってこそ、手続は始まる。 その意味では、刑法でも、民法でも変わらないのではないか?

③ 違法性と過失の融合傾向
刑法でも、民法でも、違法性を法益侵害の危険性(権利・利益の侵害の危険性 )、つまり、結果無価値的に考えるなら、民法でも、違法性と過失の融合傾向自体が失当であるということができ、刑法でも、民法でも変わらないのではないか?

④ 受忍限度論の展開
刑法でも、可罰的違法性論、ちり紙や1円玉の窃盗罪における「財物」性の否定などの理論があり、刑法でも、民法でも変わらないのではないか?



4.AIの回答(2つ目)

AIは、追加質問に答えてくれた。

刑法と民法の理論構造の非対称性——疑義への応答と再考

提示された四つの疑義は、いずれも鋭い批判であり、前回の説明の粗さを正確に突いている。以下、各疑義を真摯に受け止めた上で、より精緻な分析を試みる。

① 目的の違いは理由にならないか

疑義の核心:刑法と民法の目的は実質的に重複しており、目的の違いを理由とすることは失当ではないか。

この疑義は正当である。確かに、損害賠償には応報的機能・抑止的機能があり、刑法の法益保護と民法の損害填補は概念的に重複する。懲罰的損害賠償(punitive damages)を認める法制度では、民事責任が刑事責任と機能的に融合する場面すら存在する。

しかし、目的の「重複」と「重点の置き方」は区別されるべきである。より正確に言い直すならば、問題は目的の違いではなく、法的効果の構造的差異にある。

• 刑法の効果は自由剥奪・生命剥奪という不可逆的・絶対的なものであり、一度発動すれば取り消せない。

• 民法の効果は金銭賠償という可逆的・相対的なものであり、過剰であれば減額・調整が可能である。

この効果の非対称性こそが、要件の明確性・形式性に対する要請の強度の差を生む。罪刑法定主義が刑法に要求される理由は、目的の違いではなく、効果の不可逆性と国家権力の一方的行使という構造的特質にある。民法においては、当事者間の利益調整という双方向的な構造が、柔軟な要件設定を許容する。

したがって、「目的の違い」という説明は不正確であり、法的効果の性質と国家権力の介入様式の違いこそが正確な説明となる。

② 「行為」vs「損害」の出発点の違いは理由にならないか

疑義の核心:刑法でも犯罪結果があって手続が始まる点では同じではないか。

この疑義も正当である。未遂犯を含めても、刑事手続は何らかの事象(行為・結果)の発生を契機とする点では民事と変わらない。

しかし、より精密に考えると、問題は手続の出発点ではなく、要件の論理的構造における「行為」の位置づけにある。

刑法理論においては、「行為」は単なる手続の契機ではなく、構成要件の中核的要素として独立した規範的意義を持つ。行為論(目的的行為論・社会的行為論等)が刑法学において独立した論争領域を形成してきたのは、「行為」概念が責任帰属の出発点として規範的に機能するからである。

これに対し、民法の不法行為論においては、「行為」は独立した要件として析出されず、違法性・過失の判断の中に溶け込んでいる。これは偶然ではなく、民法が損害の帰属問題を中心に構成されているためである。加害者の「行為」よりも、被害者の「損害」と加害者の「帰責事由」との結びつきが論理的中心となる。

したがって、正確な説明は「出発点の違い」ではなく、「行為」概念が要件体系において果たす規範的役割の違いである。刑法では行為が責任帰属の論理的起点として独立するが、民法では行為は損害帰属の判断要素の一つに過ぎない。

③ 違法性と過失の融合傾向は失当か

疑義の核心:結果無価値論的に考えれば、刑法でも民法でも違法性と過失の融合傾向は同様ではないか。

この疑義は理論的に最も鋭い。結果無価値論(法益侵害・危殆化を違法性の実質とする立場)を徹底すれば、確かに違法性判断と過失判断の区別は相対化される。

しかし、ここで重要な論点がある。刑法においては、行為無価値論と結果無価値論の対立が現在も続いており、どちらの立場を採るかによって違法性と責任(故意・過失)の関係が大きく変わる。行為無価値論的立場では、違法性は行為の規範違反性であり、故意・過失は違法性要素として機能する。結果無価値論的立場では、違法性は結果(法益侵害)であり、故意・過失は責任要素に純化される。

民法においては、この対立に対応する議論が十分に展開されてこなかった。その理由として以下が挙げられる:

• 民法709条の文言が「故意又は過失」と「権利侵害」を並列しており、立法上から両者の関係が曖昧である。

• 民法学では、違法性論争よりも過失の客観化(注意義務違反としての過失)の議論が先行し、違法性概念が過失概念に吸収される傾向が生じた。

• 刑法学のように行為無価値・結果無価値という体系的対立軸が民法学では形成されなかった。

したがって、疑義が指摘するように、結果無価値論的観点からは刑法と民法の違いは縮小する。しかし、民法学が体系的な違法性論を発展させなかったこと自体が、民法の要件構造の曖昧さの一因であり、これは刑法学との理論的成熟度の差として説明されるべきである。

④ 受忍限度論は刑法の可罰的違法性論と同様か

疑義の核心:刑法にも可罰的違法性論・財物性の否定等の理論があり、両者は変わらないのではないか。

この疑義も鋭い。可罰的違法性論は、形式的に構成要件に該当する行為であっても、違法性の程度が刑罰に値しない場合には犯罪の成立を否定するものであり、受忍限度論と機能的に類似する。

しかし、両者の間には体系的位置づけの決定的な差異がある。

体系的位置
刑法の可罰的違法性論  → 例外的・補充的理論(通説は消極的)
民法の受忍限度論    → 判例法理として定着・中心的機能

機能
刑法の可罰的違法性論  → 構成要件該当性・違法性の否定
民法の受忍限度論    → 違法性の積極的判断基準

方向性
刑法の可罰的違法性論  → 刑罰の縮小(自由保障)
民法の受忍限度論    → 責任の拡張・縮小の双方向

論理構造
刑法の可罰的違法性論 → 演繹的判断の例外
民法の受忍限度論   → 帰納的・衡量的判断の原則

刑法における可罰的違法性論は、罪刑法定主義・構成要件論という形式的・演繹的体系の例外として位置づけられ、学説上も争いが多い。これに対し、民法の受忍限度論は判例法理として定着し、不法行為の違法性判断の中心的基準として機能している。

つまり、両者は機能的に類似するが、体系における位置づけが根本的に異なる。刑法では形式的体系が原則であり衡量的判断は例外であるのに対し、民法では衡量的判断が原則として機能している。この非対称性こそが、要件構造の差異を生む本質的要因である。

総括:真の非対称性の所在

以上の再検討を踏まえると、刑法と民法の理論構造の非対称性の真の理由は、目的・出発点・融合傾向・衡量的判断という個別の要素の違いではなく、以下の二点に集約される。

第一に、法的効果の不可逆性と国家権力の介入様式の差異
刑罰の不可逆性が罪刑法定主義を要請し、形式的・演繹的な要件体系を必然化する。民事賠償の可逆性・調整可能性は、柔軟な衡量的判断を許容する。

第二に、理論的成熟度と体系形成の歴史的差異
日本刑法学はドイツ刑法学の精緻な体系(構成要件論・違法性論・責任論)を継受し、行為無価値・結果無価値という対立軸の下で体系的議論を深化させた。これに対し、日本民法の不法行為論はフランス民法学の影響下で出発し、体系的な違法性論・行為論を発展させないまま、判例による個別的・実践的な法形成が先行した。この歴史的・理論的成熟度の差が、要件構造の精緻さの差として現れている。



5.最後に

結局、AIは、2つの理由に収斂させたが、意義のある理由は、「第一 法的効果の不可逆性と国家権力の介入様式の差異」であろう。
そして、「刑罰の不可逆性」については、民法損害賠償事件の生命身体への不法行為の場合には、決定的な理由にならないように思う。
「国家権力の介入様式の差異」も、強制執行を考えたら、相対的な理由でしかないように思う。

学生時代、受験生時代には、学食や談話室でしたような議論。
今はもう誰も相手してくれないが、AIはどんな疑問も受け付けてくれてありがたい。

人間は、「感情の動物」だという。それだけ、人間は、自身の「感情」に支配されやすい。「感情」は「気分」でもある。「感情」「気分」が乱れると、「行動」が乱れる。「行動」が乱れると、人間関係や社会生活がうまく行かなくなる。昔から、人間関係に関わる...
20/03/2026

人間は、「感情の動物」だという。

それだけ、人間は、自身の「感情」に支配されやすい。
「感情」は「気分」でもある。

「感情」「気分」が乱れると、「行動」が乱れる。
「行動」が乱れると、人間関係や社会生活がうまく行かなくなる。

昔から、人間関係に関わる紛争事件は多い。
私も数々扱い関与してきた。

対応の基本は、というと、やはり、「病気に起因する」ものかどうか。

「病気に起因する」ものであれば、医師に掛かる。治療を受ける。
場合により、「行動」に問題があっても、その問題の評価や処分(責任問題)が、一時棚上げになる。

反対に、「病気に起因する」ものでない、というのであれば、「行動」と「結果」は評価され、処分(責任問題)が検討されることになる。

最近は、労働関係で、この種の紛争事件が多くなってきた。

上に書いたことを含めたまとめのメモはこちら。

15/03/2026

「民事裁判、損害賠償理論について」

弁護士登録30周年表彰を受けた際、同じ壇上には、同期の仲間たちとともに、米寿記念表彰を受ける方々がいらっしゃった。
その中には、私が駆け出しの頃、ある訴訟事件で、被告企業側弁護団の一員として活動したときに所属した専門部会の部会長だった方の姿もあった。

かの訴訟事件は、訴額数十億円、名だたる企業多数が被告とされた損害賠償請求訴訟事件だった。駆け出しの私は、並み居る東京、大阪、名古屋の重鎮弁護士らの中、勤務先法律事務所から派遣された下働き、雑用係だった。

あるとき、私は、重鎮らから共通準備書面のたたき台原稿作成を指示された。
その際、私は、司法試験受験生時代から考えていたことを展開してみよう、と思った。

当時、民法の共同不法行為論では、客観的関連共同性という基準で社会通念に従って成否が判断されると言われていた。ただし、実際のところは、客観的関連共同性の中身を緻密に分析検討するというより、社会通念に従って弾力的に(事案ごとに)判断していく、という印象だった。

私は、司法試験受験生時代から、民事の損害賠償請求事件の理論構成においては、刑事事件同様、慎重に、緻密に、分析的に、より端的には法益保護とともに可測性・自由保障機能が重視されるべきだという持論を抱いていた。

損害賠償請求事件では、被告とされた側に責任が認められれば、経済的には重大な負担となり、信用、名誉においても深刻なダメージを受けるのであって、刑事事件とそれほど変わりないはずだ、と考えていた。

実体的正義の実現と手続的公正、法律家であれば、誰が判断しても概ね同じ結論になるような、結論が予測できる、明確な理論構成を行って丁寧に判断されるべきだ、と考えていた(刑法の法益保護と自由保障機能は民法でも必要なはず)。

そこで、私は、被告企業側弁護団の共通準備書面のたたき台において、損害賠償責任の根拠としては当該結果発生に因果性を有する危険な行為(権利侵害行為)の存在が出発点であるべきであって、共同不法行為成立の要件としての関連共同性の議論においても、刑法の共同正犯の理論構成を参考に、客観的因果的危険性ある行為の共同、すなわち、「実行行為の共同」ならぬ「権利侵害行為の共同」、を緻密に分析検討すべきである、という主張を展開した。

さらに、原告らに対しては、共同不法行為の要件のどの要件に該当する事実について論じているのか、立証しているのか、明確にするように求め、裁判所におかれては、原告が提出された証拠がそれを正しく裏付けるに至るものかどうか吟味されるべきである、と付言した。

私は、そんな内容の書面を一気に書き上げて、紐のついた封筒に入れて被告企業側弁護団の事務方担当者にお渡しした(当時はメールはなく、数枚の書面であればファックスで、大量の書面は手渡しか、郵便だった)。

約1か月後、専門部会の会議が開催されて、私の書面が検討されることになった。

ところが、部会長は、(事前連絡なしに)会議の冒頭、「加藤くんの書面は、刑法みたいで気持ち悪い。少し手直しをさせてもらったよ。」と下を向いたままおっしゃった。そして、部会長が『少し手直しした書面』が配布された。

部会長の『少し手直しした書面』は、換骨奪胎、私の原稿とは似ても似つかぬものとなっていた。

私は、メリハリの効いた、カラヤンの田園をイメージして書面を作成した。
部会長の『少し手直しした書面』はフルトベングラーの田園だった。

暑い8月の日中だったが、目がチカチカして私の背中に冷たい脂汗が流れた。

もともと専門部会メンバー全体には、「どうせここは勝負どころではない。」という空気が漂ってはいた。

専門部会の会議に参加されていた、司会者の東京の重鎮が、ゆっくりと口を開いた。

「加藤くんが力作を提出してくださって、さらに只今部会長も修正原稿をご提出くださった。この論点の議論では勝負しないという部会長のお考えもあろうから、部会長修正案で検討をすることでよろしいか。特に、加藤くん、いかがか。」とおっしゃった。

専門部会メンバー全員を眺めたら、部会長も含め、司会者の重鎮以外は下を向いていた。

私は、動揺しつつも、東京の重鎮の方を向いて、カラカラに乾いた口で、「異論ございません。お考えのとおりに。」と申し上げた。

私が準備したその他補足説明の資料や原稿も、すべて無駄になった。

私は、いつかきっと自身の考えをまとめてみよう、この経験を忘れないようにしようと思った。

あの専門部会からはもう25年以上経過した。

かの部会長に対するネガティブな感情は今はもうない。
あの経験のおかげで成長できたと思うし、その後の仕事に大いに役立った。

私は、今でも、損害賠償請求事件、労災民事訴訟事件はじめ、民事裁判であっても、刑法の場合と同様に厳格な理論構成をし、要件を丁寧に主張立証すべきであるという考えに変わりない。

最近、同様の考え方で、民事事件に係る法律実務書を書かれた同業者がいて心強く感じた。

そして、自分も、日の目を見ることはないかも知れないけれど、これまでの経験を踏まえて、民事裁判、損賠賠償理論についての考えをまとめてみようか、と思う。

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