07/09/2015
天鏡法律事務所・弁護士の二瓶です。これから、不定期に、コラム的なものを書いていきたいと思います。
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改めて、憲法とは何かについて
安全保障関連法案について、国会において、憲法学者や、野党の大多数が「憲法違反だ」「立憲主義に反する」と指摘しています。弁護士の多くもこれと同じ考えで、また、全国52ある弁護士会や全国の弁護士が強制的に加入させられる日本弁護士連合会も、同様の意見を発表しています。
しかし、いまいち、これでは説明された感じにならない、という方も多いでしょう。それは「憲法に反することは何故いかんのか、そんなに悪いことなのか」という疑問があるからだと思います。そこで、今回は、なぜ、憲法があるのか、憲法違反がダメなのか、について、書いてみたいと思います。
近代(日本で言えば明治以来)の憲法は、単なる国の最高のルール=国の基本的な仕組みを決めている法、ではなく、究極的には、国民一人一人の人権を守ることを目的として、そのために、国の基本的な仕組みと、国が侵してはいけない国民の権利について定めたものです。
このことは、たとえば東京書籍の中学公民の教科書ではよく説明されていて、「国の政治のしくみの根本を定める法が憲法です。憲法は、政府の権力を制限して国民の人権を保障するという立憲主義の思想にもとづいて、政治権力の乱用を防いで、国民の自由や権利を守ります。…憲法は、国の基礎となる法であるとともに、最高法規であって、憲法に反する法律や命令は効力を持ちません」(36頁)と説明されています。政府の権力を制限する、権力を縛るのが憲法の役割です。
縛る、という言い方がイヤであれば、憲法は、国民から政府に宛てた委任状といってもいいでしょう。「国会には法律を作る権限を与えますよ(41条)、でも、国民の思想良心の自由を侵す法律を作ってはいけませんよ(19条)、表現の自由も侵してはダメですよ(21条)、……」という感じです。
さて、この法案に関する権限について見て行きましょう。日本国憲法は、内閣に、国会に対する議案を提出する権限を与えて(72条)、国会には法律を作る権限を与えています。ただし、いずれの場合も、戦争をするような法律案を出してはいけないし、そんな議案を通してはいけませんよ、という権限の限界を付けているのです(9条)。
すると、戦争をするような法律案を出すことは、内閣の権限として認められていないことをやることであり、これを法律にすることも、国会の権限として認められていないことをやる、ということになります。つまり、越権行為、ということになるわけです。
「選挙で勝った国会の多数派と、内閣が決めていること。国民自身が選んだ結果だよ」という意見もあるかもしれません。しかし、選挙は、日本国憲法の下で行われているものであって、あくまで、「この憲法を守りながら、国民に一番いい(比較的マシな?)政治をしてくれる人や政党を選ぶ」というものなのです。多数派に白紙委任状を渡す手続ではありません、憲法の範囲内で、ということが書いてある委任状というわけです。
もちろん、憲法とて、永遠のものではありません。そこで、憲法は、この憲法を変えるための手続を用意しています。これが重い手続をとっているのは、毎回の選挙で変わる(ことがある)ただの多数派(過半数)で変えてしまうことを許さないことによって、国民の大多数が納得のいくルールにするのが、国の基本的なルールのあり方としてふさわしく、また究極的に国民一人一人の権利を守るルールとしてのあり方だ、という考えに基づいています。
ですから、この憲法では認められていないことをしようとするならば、まずは憲法改正をすることが必要ということになります(ただし、人間として生きるために必ず必要な権利は、憲法改正によっても奪えない、と考えられています。また、日本国憲法の恒久平和主義は、この憲法の重要な特色であって、これをなくしてしまったら、それは、今の日本国憲法とは別もの、と言わざるをえないでしょうが、このことについては今回はさておきます)。
ところが、これを、改正手続をとらず、「解釈を変えます」と言って、明らかに無理筋の解釈を持ってきて、内閣や国会(の与党(など多数派))が「これも権限の範囲内だ」という無理を言って、権限外のことをしようとしているのが、今、政治の世界で行われていることです。
「いいじゃないか、国を守るためでしょ? それなら憲法より大切じゃない?」という方もいるかも知れません(私は、むしろ危険が増すと考えていますが、ここではこれら政策自体の当否もさておきます)。しかし、これを許してしまえば、その先には、表現の自由も「21条の解釈変えます」といって制限、思想良心の自由も「19条の解釈変えます」といって制限、ということになるかも知れません。そのときようやく「憲法守れ」と言い出しても、「9条の解釈変えた時は認めていましたよね? じゃあ解釈変えるななんて言う筋合いありませんよ」といって、無視されるかも知れません。そうであるからこそ、今、多くの人々が、「憲法守れ」と言って、この法律案に反対しているのです。「あくまで戦争反対」という人は勿論、「集団的自衛権を持てるようにしろ」と言う人からも、今の憲法を変えない限りは持ってはだめだ、という意見が出ているのは、そういう理由なのです。
政治家は、たとえ国民のためになる(と考えた)ことであっても、憲法という委任状をはみ出すこと、違反することをやってはいけない。これまでダメと言い尽くされてきたことを、自分勝手な解釈でやってよい、とするのはもってのほか。それは越権行為であり、国民の委任に反するので国民のためにならない、というのが、憲法の考え方であり、立憲主義ということの意味です、というお話でした。
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9月12日に福島県弁護士会が開く「安保法制立法に反対する県民集会」では、早稲田大学の長谷部恭男先生から、このところを、もっとわかりやすく、お話いただけるかと思います。多くの皆様のお越しをお待ちしております。
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